最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)327号 判決 1958年6月05日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人弁護士西橋儀三郎の上告理由について。
(一)本件建物はもと亡松本楢三郎の所有に属していたところ、同人が昭和二〇年六月一一日死亡したので、その家督相続人であつた長女松本孝子(亡)の所有に帰したこと、(二)右楢三郎の妻で右孝子の母である亡松本コマは、当時出征中の長男亡松本吉夫が楢三郎の死亡による家督相続によつて右建物の所有権を取得したものと信じ、吉夫の代理人として昭和二二年一二月二七日右建物及び吉夫の所有であつたその敷地(この土地については、後記吉夫の死亡により遺産相続が開始し、その父母である楢三郎及びコマの共有に帰し、次いで前記楢三郎の死亡により孝子が家督相続によつて楢三郎の持分を承継し、結局昭和二二年一二月当時はコマ及び孝子の共有に属しているわけである)を被上告人に売り渡しその所有権を移転したこと、(三)然るに、右吉夫は右契約前でしかも楢三郎の死亡前である昭和二〇年五月二〇日戦死しており、コマ及び孝子は公報によりこれを知ると同時に楢三郎の家督相続人も吉夫でなく孝子であること従つて本件建物もその敷地も孝子の所有物であることを覚知し、孝子は昭和二五年三月三一日被上告人に対しコマのなした前示売買契約を追認する旨の意思表示をなしたこと等の各事実を確定していることはその判文上明らかである。思うに右のように先代の所有に属していた不動産がその死亡によつて家督相続人の所有に帰したものと思惟したその母が、右家督相続人たる者を本人としこれを代理して売買契約を締結したところ、たまたまその家督相続人たる者は死亡しており、実は次順位者において家督相続をなし右不動産もその所有に帰していたというような場合に、その家督相続人たる者が後日右契約を追認する旨の意思表示をしたときは、民法一一三条、一一六条の類推適用によつて右契約はその締結の日に遡つて効力を生ずるものと解するを相当とする。けだし右の場合右追認者はいわゆる無権代理行為における本人ではないが、本来本人たり得べかりし者であり、かかる地位にある者が自己に属する権利を処分するに帰するその意思表示の効果を阻止すべき何らの理由がないからである。しからば上叙の事実関係に基いて結局右と同趣旨に出でた原判決の判断は正当と認めざるを得ない。
なお、前示のように、本件契約は松本コマが松本吉夫の代理人として締結したものであるが、たまたま吉夫が契約当時死亡していたというだけのことであるから、その故に右契約が当然に無効になるものではなく、また、そのように事実を判示したからといつて原判決が当事者特定の原則に反する判示をしたものとも言い難い。また、原判示によれば、上告人らは本件家屋の被上告人主張の部分を不法に占拠するものと断じてその退去明渡を求めているのであるから、この場合被上告人に所論登記の完備していることを必要とするものでもない。
以上に関する所論はすべて独自の見解に立脚するもので到底首肯するを得ない。その他の所論は原審の専権に属する事実認定を非難するものでしかなく、上告適法の理由とするを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎)